信仰の闘いを続けよう(マタイ2章13~23節) 【週報巻頭言】2025年1月18日
ヘロデ王は、イエスさまが「ユダヤ人の王として生まれた方」と聞いて、殺そうとしました。「そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた」(マタイ2章16節)。イエスさまを殺そうと考えたヘロデ王でした。しかし、イエスさまがどこにいるのか、その居場所を突き止めることができなかったため、このようなことをしたのです。何ということでしょうか。これは、エレミヤの言葉の実現であると書かれています。
こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。
「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、/慰めてもらおうともしない、/子供たちがもういないから。」(マタイ2章17、18節)
エレミヤの言葉(エレミヤ31章15節の引用)。それは、わが子を殺された母親たちの声、嘆き悲しむ声です。ヘロデ王は、自分の地位を脅かすユダヤ人の王と言われる存在に不安を抱いた(3節参照)、恐れたのです。そして、その存在を否定するために、亡き者にするために、このような恐ろしいことを行ったのです。無力な小さな命を奪い取る。これは約二千年前の出来事ですが、二千年経った今はどうでしょうか?今もこのような恐ろしい出来事が私たちの世界で、私たちの歴史の中で何度も何度も繰り返されているのではないでしょうか。このことを知る私たちは、信仰の闘いを続けて行かなければならないことを思い知らされるのではないでしょうか。信仰の闘い、神さまが与えてくださった命を守る、命を大切にするという闘いを続けていくのです。
この記事へのコメントはありません。